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2023年 日本結晶成長学会賞受賞者 紹介
第18回業績賞および赤ア 勇賞・第1回産業功績賞・第40回論文賞・第30回技術賞・第21回奨励賞

第18回業績賞および赤ア 勇賞

受賞者
柿本 浩一
柿本 浩一 Koichi Kakimoto
 東北大学 未来科学技術共同研究センター 教授
 Professor, New Industriay Creation Hatchery Center, Tohoku University
受賞題目
「結晶成長機構の大規模数値解析と半導体結晶の高品質化」
Large-scale numerical studies of crystal growth mechanism and improvement of crystal quality
受賞理由
 結晶成長における数値解析法は,以前は実際の結晶成長プロセスの予測に対して解析精度が不十分であるとされてきたが,柿本浩一会員は結晶成長学において数値解析法を実験,理論と並ぶ第三の研究開発手法として位置づけることに大きく貢献してきた.柿本浩一会員が明らかにした結晶成長機構の主なものとして,X線を用いた半導体融液の対流の可視化,さらに,磁場印加結晶育成法に必須な3次元数値解析に対する2次元と3次元の解析を融合した効率的な解析方法の提案が挙げられる.これらの成果により,磁場印加シリコン結晶成長時の解析の高速化を実現し,シリコン中の点欠陥の集合体であるボイドの形成に大きな影響を与える結晶と融液の界面形状を,大規模数値解析により精度よく求めることが可能となってきている.これらに加え,日本結晶成長学会会長,結晶成長国際機構(IOCG)会長等として,日本をはじめ世界の結晶成長学の推進のリーダーシップをとってきており,さらに数多くの若手研究者の育成に大きく貢献した.

第1回産業功績賞

受賞者
松本 功
松本 功 Koh Matsumoto
 名古屋大学 未来材料システム研究所・東北大学 客員教授
 Visiting Professor, Institute of Materials and Systems for Sustainability
 IMaSS, Nagoya University and Tohoku University
受賞題目
「化合物半導体の有機気相堆積装置開発と産学連携に関する功績」
Achievements on industry-academia collaboration and developments of metalorganic chemical vapor deposition system for compound semiconductors
受賞理由
 松本功会員は,GaAs等の化合物半導体の有機金属気相成長法(MOCVD)が産業応用され始めた1982年より,日本酸素(現大陽日酸)技術本部開発センターにてMOCVD装置開発と結晶成長プロセスの研究に取り組んできた.まず縦型装置内部流れを可視化実験で調査して高流速で境界層剥離を起こさない形状を見出し,VR2000型装置を開発した.この装置は大気圧成長でも自然対流を効果的に抑制できガスの切り替えが早い特長があり歪超格子井戸半導体レーザーやAlGaAs/GaAs HEMTの研究開発に貢献した.またGaN用に三層ノズルと薄いフローチャンネルを特長とするSR2000型装置を開発した.この装置は大きな物質輸送係数を実現して高い希釈率で十分な成長速度が得られる.この結果,気相での粒子成長を抑制して,しかも成長速度が成長圧力に依存しない特長からInGaN半導体レーザーやSi基板上のAlGaN/GaN HEMTの成長に貢献した.このようにリアクターの開発および設計理論を確立して大陽日酸の化合物半導体装置事業の礎を築いた.これは,現在のMOCVD技術における学術と産業化の基礎となっている.
 特に,窒化物半導体のGaN/AlGaNについてはAlGaN成長において粒子成長が起きやすい原因を解明してその後の大型装置設計に反映させ,LED産業に大きく貢献した.また,学会・研究会等で研究成果を発表し,さらに国際学会でも招待講演に選ばれ,学術にも大きく貢献した.最近ではGaNのMOCVD装置技術をGaAs/InGaP太陽電池のエピタキシャル成長に展開して120μm/h以上の高速成長が可能であることを実証した.
 さらに特筆すべき業績は,産業界からの産学連携に貢献した点である.日本学術振興会第162委員会 副委員長,電子材料シンポジウム 論文委員長の他,日本結晶成長学会 ナノエピ分科会においても幹事を務め,文科省 “省エネルギーに資する次世代半導体開発” 評価領域のPOを務めた.

第40回論文賞

受賞者
 吉川 陽 
 久志本 真希 
 天野 浩 
 笹岡 千秋 
  張 梓懿 
張 梓懿 Ziyi Zhang
 旭化成株式会社 主査
 Chief investigator,
 Asahi Kasei Corporation
久志本 真希 Maki Kushimoto
 名古屋大学 講師
 Lecturer, Nagoya University
吉川 陽 Akira Yoshikawa
 旭化成株式会社 主幹研究員
 Senior chief engineer,
 Asahi Kasei Corporation
笹岡 千秋 Chiaki Sasaoka
 名古屋大学 特任教授
 Designated Professor, Nagoya University
天野 浩 Hiroshi Amano
 名古屋大学 教授
 Professor, Nagoya University
受賞題目
「深紫外線レーザーダイオードにおける室温連続発振の実現」
Room temperature continuous-wave lasing of AlGaN-based deep ultraviolet laser diode
by current injection
受賞対象論文
"Key temperature-dependent characteristics of AlGaN-based UVC laser diode and demonstration of room-temperature cotinuous-wave lasing", Ziyi Zhang*, Maki Kushimoto*, Akira Yoshikawa*, Koji Aoto, Chiaki Sasaoka*, Leo J. Schowalter, and Hiroshi Amano*,Applied Physics Letters, 121, 222103-1~5, (2022).
受賞理由
 張,久志本,吉川,笹岡,天野会員らは,受賞対象論文において,深紫外波長域のレーザーダイオードにおける結晶欠陥の抑制および結晶成長法の向上により,世界初の室温連続発振を実現した.連続発振の実現には発振閾値電流および閾値電圧の大幅な低減が必須であった.張,久志本,笹岡,天野会員らは,詳細な結晶解析によって発振閾値電流が共振器のメサ端部から導入された基底面転位によって悪化することを見出した.また,これらの転位は,擬似格子整合成長による強い膜応力の共振器メサ端部への集中と熱処理工程によって生じることを明らかにした.会員らはデバイス断面形状の工夫によって結晶応力の局所集中を緩和し,基底面転位の発生を抑制する新手法を実現した.単結晶AlN基板上に格子定数差の大きいAlGaN混晶を擬似格子整合成長させるためには,内部応力の観点から取りうる薄膜構造は限定される.特にレーザーダイオードでは組成範囲が広く,厚膜構造が求められるため,光閉じ込め構造の設計が困難である.その中で,吉川,天野会員は,従来と異なるAlGaN混晶のMOVPE成長条件を見出した.その結果,高光閉じ込めと擬似格子整合成長を両立する高品質な薄膜構造の成長が可能となり,著しい閾値電流密度の低減を実現するに至った.上記の研究成果は,AlGaN系結晶における技術革新を通して結晶成?学の進歩発展への貢献が著しく,日本結晶成長学会論文賞を受賞するに値すると判断した.

第30回技術賞

該当者なし

第21回奨励賞

受賞者
  神野 莉衣奈 
神野 莉衣奈 Riena Jinno
 東京大学 助教
 Assistant Professor, The University of Tokyo
受賞題目
「面方位制御による超ワイドギャップ材料の成長制御」
Crystal orientation dictated epitaxy of ultra-wide bandgap material
受賞対象論文
“Crystal orientation dictated epitaxy of ultrawide bandgap 5.4 to 8.6 eV α--(AlGa)2O3 on m-plane sapphire”, Riena Jinno*, Celesta S. Chang, Takeyoshi Onuma, Yongjin Cho, Shao Ting Ho, Derek Rowe, Michael C. Cao, Kevin Lee, Vladimir Protasenko, Darrell G. Schlom, David A. Muller, Huili G. Xing, and Debdeep Jena, Science Advances 7, eabd5891 (2021).
受賞理由
 神野莉衣奈会員は,基板の面方位を制御することでMBE法による超ワイドバンドギャップ半導体材料α (Al, Ga)2O3の全組成領域での単結晶の成長を実現した. α (Al, Ga)2O3は5.4-8.6 eVの超ワイドバンドギャップを持つ混晶系であり,その大きなバンドギャップ変調を用いた新規エレクトロニクス・オプティクス応用が期待されている. 一方で,Ga2O3にとってα相は熱的に準安定相であり,特にMBE法やMOCVD法などによる成長では,特に低Al組成領域の構造制御が難しいことが課題であった.また,α (Al, Ga)2O3はAl組成100%のサファイア (α Al2O3) 基板上に成長可能であるが,一般的に用いられていたC面基板上ではGa2O3の最安定相であるβ相が成長することが課題であった. これらの課題に対して神野会員は,C面に垂直な方位を持つM面基板を用いることで,β相の成長を促進するC面ファセットの形成を抑制し,単結晶α (Al, Ga)2O3の成長に成功した. 他のグループからMOCVD法やPLD法においても面方位によるα (Al, Ga)2O3の成長制御の有効性が後に報告されており,既に本材料系の研究に大きなインパクトをもたらした. 面方位による準安定相の成長の制御は他の材料にも適用可能であり,今後の結晶成長学の発展への貢献が期待される.

受賞者
中室 貴幸
中室 貴幸  Takayuki Nakamuro
 東京大学 特任准教授
 Project Associate Professor, The University of Tokyo
受賞題目
「原子分解能その場電顕観察法の開発とそれによるNaCl結晶化機構解明」
Development of Atomic-Resolution In-Situ Electron Microscopy and Elucidation of NaCl Crystallization Mechanism
受賞対象論文
“Capturing the Moment of Emergence of Crystal Nucleus from Disorder”, T. Nakamuro, M. Sakakibara, H. Nada, K. Harano, E. Nakamura*, J. Am. Chem. Soc. 143, 1763-1767 (2021). Highlighted in JACS Spotlights, J. Am. Chem. Soc. 143, 1681-1682 (2021).
受賞理由
 中室貴幸会員は,独自の電子顕微鏡その場観察法(単分子原子分解能時間分解電子顕微鏡,SMART-EM)の洗練によって結晶化に潜む分子動態に迫った.カーボンナノチューブに塩化ナトリウム(NaCl)を疎に内包する手法を開発し,1 nm程度で合計96原子から構成される三次元結晶核が繰り返し形成される過程を1コマ40ミリ秒の速度で電顕観察することで捕捉し,核形成以前の分子集合体が秩序と無秩序構造との間を柔軟に行き来する様子を見出した.結晶成長過程を更に詳しく知るために,無欠陥のNaCl(100)面上での二次元エピタキシー過程を1コマ3ミリ秒の映像として捉えた.ここでは,表面を浮動するクラスター(Floating Island)を発見し,単分子観察から得られた分子動態の考察から過渡的に生成する浮動中間体の動態が容器振動といった摂動により制御できる可能性を示した.結晶化は本質的に確率論的に起こるため,分子集合体の動態を原子レベルで理解することが困難であったが,ナノ空間設計と原子分解能でのミリ秒連続電顕撮影により実現した.開発した電顕法は多岐にわたる材料へと応用可能であり,将来的に結晶成長学の進展に大きく寄与することが期待される.
 以上の理由から,日本結晶成長学会奨励賞を受賞するにふさわしいと判断した.

受賞者
桶谷 龍成
桶谷 龍成 Ryusei Oketani
 大阪大学 助教
 Assistant Professor, Osaka University
受賞題目
「結晶化とエナンチオ選択的溶解による固溶体の光学分割」
Overcoming a solid solution system on chiral resolution: combining crystallization and enantioselective dissolution
受賞対象論文
“Overcoming a Solid Solution System on Chiral Resolution: Combining Crystallization and Enantioselective Dissolution”, Ryusei Oketani*, Koki Shiohara, Ichiro Hisaki, Chemical Communications, Advance Article, 2023.
受賞理由
 桶谷龍成会員は,固溶体を形成するキラル化合物のジアステレオマー塩結晶に対し,両ジアステレオマー間の熱力学的な安定性の差を利用して,エナンチオ選択的な溶解を組み合わせることにより光学分割が可能となることを示した.結晶化による光学分割において,固溶体の形成は所望のエナンチオマーと不要なエナンチオマーを不定比で含むことから代表的なトラブルとして認識されている.桶谷会員は,医薬品化合物オザニモドの合成中間体であるキラルなアミノインダン誘導体と酒石酸誘導体とのジアステレオマー塩が,完全固溶体を形成することを融点相図の構築により確認した.さらに溶媒中における三元系等温線,および理論計算により,ジアステレオマー塩間の熱力学的安定性の差を定量的に評価した.この差を利用することにより,熱力学的平衡に達した結晶の組成から,効率的に不要なエナンチオマーを溶出させる手法の開発に成功した.この手法は固溶体形成という光学分割におけるトラブルの解決策になることから,限られた時間やリソースでプロセス開発を行う医薬品製造分野において大きな貢献が期待できる.
 以上の理由から,今後の結晶成長学の発展に対するさらなる貢献が期待でき,日本結晶成長学会奨励賞を受賞するにふさわしいと判断した.